あなたが命をかけて教えてくれたこと

みんな聞いて。翻訳の勉強についてなんだけどね。

 
 
誤訳しまくりで涙目。
 
 
授業の始めに返却された自分の原稿をみたら、致命傷をいくつも受けていました。真っ赤な血に染まっちゃってさ…もう息も絶えだえ。駆け寄って抱き起こしたら「あたいはもう駄目だから、あんただけは逃げて…」って呟いてました。ダメなのは私の方だよ。それなのにお前を置いて一人逃げられるものか。
 
しかし誤訳は恥ずかしい。ひとの翻訳で誤訳を見つけたら「あらーこの人分かってないわぁ」と鬼の首をとったかのように得意になる私ですが、自分が誤訳を指摘されると(ただの課題とはいえ)この世から消えそうになります。この恥ずかしさ、かっこつけて歩いてたら「ストッキング伝線してますよ」って知らない人に教えてもらった時の気持ちに似てる。いや、もっとかな。チャック開いてたレベルかな。
 
そうは言っても、誤訳をする時はだいたいパターンがあることも分かってきました。どういう時にやらかすか、というと、小さいけれど大事な言葉をおろそかにしてしまってる時です。冠詞、所有格、数、前置詞。「まぁだいたい意味分かるわ」と思って、こういう言葉に注意を払わないでいると罠にかかります。そして思い込みの上に思い込みを重ね、立派な誤訳が誕生するわけです。
 
誤訳した箇所は論理的におかしいので、自分で読んでても「?」となります。しかし大抵、「?」が浮かぶのがあまりに一瞬なので無意識のうちに「ま、いっか!」と流してしまいます。これが問題。「?」をきちんとキャッチして「なんかおかしいよおおお」と警報を鳴らせるようになれば、誤訳がなくなるのでしょう。言葉に気をつけると同時に、この自己批判能力も磨かねば。
 
さて、致命傷を受けた私の原稿ですが、末期の水をとってあげながら訊きました。何か最後に伝えたいことはない?って。そしたら、「同じミスは繰り返さないで…」って。
 
分かった、それだけは気をつける、と言うと安心したように微笑んで目を閉じ、そのままこと切れましたとさ。とっぴんぱらりのぷう。